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2011-07-05

玉圓尼の厨子 その2

~続き

厨子の中に入っているのは金銅仏だ。
伝来はこのようなものだ。


奈良時代の話。行基が彫った霊木仏があった。
それから時が流れて平安の始め、この仏像が祀ってある寺が火災になった。

その時、慈覚大師円仁がこの寺の噂を聞き赴いたおり、
焼け残り炭と化した霊木仏の胎内から一体の小さな金銅仏を見つけた。

その金銅仏は釈迦如来であり、これが尋常ではない仏像と気付いた円仁は
すぐさま裂に包み、それから完全秘仏とした。

それから更に数百年の時が流れる。

江戸時代の頃、この金銅仏は後に地蔵寺6代目住職となる玉圓尼和尚の念持仏となっていた。
(円仁が秘仏としたこの仏像が、どういう経緯で玉圓尼の元に辿りついたのかは不明)
玉圓尼和尚は遊行僧で、旅をしながら人々の苦しみを類稀なる法力で解決していった。

玉圓尼は地蔵菩薩の生まれ変わりと言われ、殆どの宗派の経に通じ、
加持祈祷を得意とした。

玉圓尼が旅の道中担いでいた厨子には、中に秘仏の金銅仏が入り、
それ以外に荒神像と地蔵菩薩像が脇侍に祀られる珍しい三尊像になっていた。
この特異な三尊像と経の力により、障りや祟りで苦しむ人々を助けていたという。


続く~



2011-07-04

玉圓尼の厨子 その1

8月8日は※まるはちの日という事で、
当店、紅葉屋も所属している押切商店街のイベントが行われる。
毎年、お抹茶やお菓子が振る舞われ、餅投げを行ったりする。

そんなまるはちのイベントだが、今年はひょんな事から例年と若干違う事を行う。
それは、祖父の代から我が家で管理、祀ってきた元客仏が入った厨子を初公開するというものだ。

玉圓厨子①

客仏とは家で代々祀って来た仏様ではなく、縁あってやって来た仏様のこと。
厨子(ずし)とは仏像を収めるケースのことだ。

この厨子の中には、見てはならない秘仏の金銅仏が入っている。
うちの家族も中を見ては行けないとの話を亡くなった祖父から聞いている。

写真を見ると分かるが、厨子の上から注連縄がしてある変わった厨子だ。
今回からこの厨子の話をしていきます。

続く~



※まるはちというのは、名古屋市のマークから来ている。
2010-12-09

広小路の妖怪 『汁粉婆』 最終回

~続き

妖怪『汁粉婆』の正体を考え、探っていく内に一つの結論が出た。

汁粉婆の正体、それは広小路界隈に住んでいる人々が、本来なら
崇め祀らねばならぬ、氏神なのである。
それが忘れられ、放置されたことにより妖怪化してしまったのだ。

名古屋の古代史を調べるにあたり、避けては通れないのが熱田神宮と『尾張族』だ。

熱田神宮と尾張族についてはまだまだ勉強不足なので、ここで詳しく述べる
ことは適わないが、尾張族は現在の愛知県小牧市の方から来ていたのではという説がある。

名古屋市内に散らばる伝説、民間の昔話、町名を拾っていくと、
熱田神宮の神々も元は踏鞴神であったようだ。

尾張族はその昔、現在の地に何処かから鉄を求めて移住してきたのだろう。
その折、元々いた豪族と争いになり尾張族が勝利を収めた。

負けた方は歴史の表舞台から姿を消したのである。

図式としては、

○元々いた名古屋の地を治めていた豪族が、他所から来た豪族と戦争になる。
               
○争いになり、元々いた方が滅ぼされる。
               
○亡くなった方は、手厚く葬られたと予測出来るが、長い長い歴史の中でやがて忘れられる。
               
○ひょっとすると、この亡くなった人物が祀られていた神社等の施設、あるいは古墳等が壊されているかも…。
               
○非業の死を遂げ、祀られた人物は長い時間をかけ『神』となるが、忘れられ放置された時『祟り神』となる。
               
○元々が地元の氏神(になるべき存在)故、祟る時は自らに所縁のある地元民に祟る。


このようにもみじは考えた。汁粉婆の本来の神名は不明である。

自分には、そのような器も能力もないので不可能だが、
歴史上の人物で言えば、空海や最澄といった能力のある偉大な人物が、
汁粉婆に素晴らしい新たな名前を付け、きっちり祀るようになると、
途轍もない福の神になるだろう。

このような、古い昔話は全国に沢山存在する。
いつも思うが、調べれば調べる程、今に生きる私達は数多くの犠牲の上に
成り立っているのだなぁと思います。

おしまい。


※忘れてはならないのは、勝った側が歴史を繋げたからこそ今の自分もいると云うことです。



2010-12-08

広小路の妖怪 「汁粉婆」 その6

~続き

最後の謎、「何故老婆の姿なのか?」を考えてみる。

仏教でも神道でも、女性の神は綺麗な方が多い。
吉祥天、弁財天、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、宮簀媛命(みやすひめのみこと)などなど、
どの皆様も『超』が付く程の美神である。

そうなのだ。※祀られる女神は美しい方が多いのだ。

汁粉婆が女神だと考えるなら、かつては老婆の姿をしていなかったように思える。
それが何らかの理由で老婆の姿になったのであろう。

美しい女神から、老婆の女神に変わったという話がないか記憶を探ってみたら、
東京は浅草にある世界的に有名な観光名所「浅草寺」に祀ってある弁財天を思い出した。

弁財天は、そもそも大変美しい女神であるが、浅草寺境内にある弁財天堂の縁起を読むと、
『白髪弁天』となっていた。弁天様が白髪の老婆の姿なのである。
全国探しても、白髪の弁財天はここだけだと思うが、何故白髪になったのかは不明である。

もみじが考えるに、この浅草の弁財天は過去を振り返ると、祀られていなかった時期があったように思う。
神々の力は、人が大切に祀れば祀る程、信者が多ければ多い程大きくなる。(そんな気がする)
浅草の弁財天は、一時力を無くす寸前まで落ちてしまったのだと思う。
故に若く美しい姿から、白髪の老婆の姿になったのではないのだろうか。

汁粉婆は、本来なら人間から崇められる美しい神であった筈なのに、
長い歴史の中で忘れられた故、老婆の姿に零落していったのだ。

もう少し続く~



※全て把握していないのでこんな表現です。

2010-12-07

広小路の妖怪 「汁粉婆」その5

~続き

順序は逆になるが、まずは謎②について考えてみる。

何故「汁粉」なのかを…。

汁粉と良く似た食べ物に「ぜんざい」というものがある。
関西より西はもっぱら汁粉とは呼ばず、ぜんざいと呼ぶそうだ。
見た目もほぼ同じ。餡のあずきが形が残っているかいないかの違いだ。

実はこのぜんざい、漢字で書くと「善哉」となる。意味は「良きこと」である。

またテレビ番組で知ったが、島根県の方では、ぜんざいを漢字で書く場合、
「善哉」ではなく「神在」と書いてぜんざいと呼んでいるという。
神がそこに在るのである。

「ぜんざい」という食べ物は、元々神に供える食べ物だったのだ。

「汁粉」は「ぜんざい」と同一の食べ物と考えて間違いない。
遭遇する地元の人々に災いを齎す妖怪、「汁粉婆」が何故災いの象徴として汁粉(ぜんざい)
を撒くのかが、これでハッキリした。汁粉婆からすればこの行為はメッセージなのだ。

ぜんざいを撒く行為…。

これ即ち、汁粉婆とは、元々は『善き神』であったのである。


続く~


プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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