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2017-02-04

◆新・所謂恵方巻について その②

◎牛頭天王とは?

牛頭天王とは大陸から渡って来た謎多き神である。もともと日本の神様ではない。前回取り上げた有名陰陽師、安倍晴明が書いたとされる「簠簋内伝金烏玉兎集(ほきないでんきんうぎょくとしゅう)」という本があるが、牛頭天王に関する話はこの本に詳細に書かれている。

 
しかし、この本が書かれたのが平安~鎌倉と言われているが、牛頭天王の話はもっと古い本にも記載されている。奈良時代に書かれたという「備後国風土記(びんごのくにふどき)」だ。
 
 
まずはより古い備後国風土記より、最も一般的な牛頭天王の昔話を紹介したい。


◎牛頭天王縁起

その昔、北の海にいた武塔天神(むとうてんじん:牛頭天王の別名)という疫病神が、南海の神の娘のもとに求婚に出かけた。その途中に日が暮れて来たので、武塔天神は人の姿になり、将来という名の兄弟に一夜の宿を求めた。

兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は貧しく、弟の巨旦将来(こたんしょうらい)は裕福であった。武塔天神をもてなしたのは兄の蘇民将来だった。弟の巨旦将来は武塔天神の身なりをみて拒絶したのである。

武塔天神が宿を後にして数年後、結婚された武塔天神は八人の子を引き連れ、再び蘇民将来の家へ訪れた。何でもあの時宿をかしてくれた蘇民にお礼がしたいとのこと・・・。

武塔天神は蘇民に聞いた。

「お前の子孫はおるか?」

「妻と娘がおります」

と答える蘇民。武塔天神は、

「茅の輪を(家族全員に)腰につけさせよ」

と言った。その夜のこと、突如疫病が村を襲った。家の中でじっとしていた蘇民達。外からは悲鳴が聞こえた。翌朝、様子を確かめようと外に出た蘇民一家が目にしたものは累々と横たわる死体であった。

蘇民一家を除き、村人、家畜に至るまで全滅であった。

この時、武塔天神は「自分は速須佐之男神(はやすさのおのかみ)である」と正体を明かし、もし疫病(厄神)がまた襲ってきたら、いつであれ「蘇民将来の子孫」と唱えて腰に茅の輪をつければ、疫病から免れるであろうと教えたと云う。




◎ここまでを考える

恐るべき話である。牛頭天王が宿を借りたいと言った時、断ったのは兄の巨旦だけである。他の村人には何ら罪はない。しかし、牛頭天王からすれば、自分をもてなした蘇民一家以外は皆殺しに相当する罪だという認識だったのだ。
 

ここで興味深いのが牛頭天王(武塔天神)の正体が「速須佐之男神」であるという箇所だ。この神様はご存知の方も多いが、天照大神の弟、須佐之男命(すさのおのみこと)のことだ。
 
 
私見を述べれば、牛頭天王と須佐之男命は本来別々の神様である。何故同じ神だとしたのかは神仏習合という考え方があったからだ。この当時、様々な神や仏が合体したことがあった。仏教の仏と、神道の神が同じ存在であるとして整理されたのである。
 
 
牛頭天王と須佐之男命の共通項は、どちらも「荒ぶる神である」ということだ。神仏習合の考えの元、性質の似ていた(と考えられた)二柱の神同士が、同じ神だとされたのだと思う。

 
ただ、須佐之男命も確かに荒ぶる厳しい神様であるが、関係ない人間まで皆殺しにするほど恐ろしい存在とは思えない。また古事記を読んでも須佐之男命に八人の子供がいるという記述もない。故にこの縁起は須佐之男命ではなく、元々は牛頭天王の縁起だったと思う。
 
 
最後に、牛頭天王が蘇民に教えた「茅の輪」について補足すると、実は今でもこの風習は残っている。

蘇民将来ちまき1


たまによそ様の家の玄関先に「蘇民将来の子孫也」と書かれた注連縄をつけているのを見かけるが、これは牛頭天王縁起より始まった厄除けのおまじないである。この注連縄をかけることは、厄神からすれば


「ああ、ここの家は、牛頭天王を泊めた蘇民の子孫か。ならば見逃してやるか」


となり、災難を避けることが出来たと信じられた。

蘇民将来ちまき2


今では知らない人も増えたが、昔はこの注連縄を掛ける家があると、両隣の家も慌てて同じ注連縄を掛けたそうだ。厄神が両隣に移動したら「たまったものではない!」という発想だったのである。

続く~

※次回は簠簋内伝金烏玉兎集についてなるべく簡潔にして紹介します。



南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・

2017-02-03

◆新・所謂「恵方巻」について その①

昔、このブログで恵方巻についての話を挙げたが、どうも消してしまったようなので、新たに学んだことを加えて再考してみます。


恵方巻の発祥は、私が聞いたところによると昭和になってから関西の方の寿司屋さんが、バレンタインのチョコレートのように、自発的に始めたものとのこと。


歴史的には巻き寿司を食べるという習慣は近年だ。しかし、恵方に向けてという行為、この不思議なお呪(まじな)いに関しては意味があると思う。


今回は、正しい恵方巻の所作について、我が家に伝わる話と、私が学んだことを結んであくまで私が導き出した答えを紹介します。




まず、恵方に向けてのこのお呪いはの起源は仏教でも神道でもない。平安時代に盛んになった陰陽道(おんみょうどう)の発想だ。


陰陽道と言えば安倍晴明が有名である。小説や映画やドラマの影響で、妖怪・悪霊を封じたり、戦うというイメージが先行しているゴーストバスターズ的な陰陽師ではあるが、その思想の核になっているのが暦である。
 
 
陰陽道では、人の回り、東西南北といった方位には人間の運命に左右する様々な神々がいると考えた。神々とは福の神もいれば災いを齎す祟り神もいる。易学を少しだけ紐解けば、人の回りにはこんなにも祟り神がいるのか?と驚くほど実は多い。

 
陰陽道では、福の神もそうだが、それよりもむしろこの祟り神の年度ごとに変わる配置を調べ上げた。どの祟り神が今年は何処にいるか?そしてその祟り神達の性質を学び、人が行動を起こす時の目安とした。
 
 
祭祀や建築、旅行などなど普段の生活の一部に取り入れていたのである。




恵方巻の真の姿を知るには、まずこの祟り神のことに触れねばならない。陰陽道はやがて高島易断などの易学に繋がっていくが、この易学の中に登場する神々の中で、超弩級かつ大激烈、敵に回したら命が危うい恐ろしい神の筆頭が、牛頭天王(ごずてんのう)である。そして続くのがその息子さん達である、偉大なる荒ぶる神々八王子神だ。

 
既に今、こうして文字に起こすだけでも体調が悪くなりそうなので、謙虚な気持ちで紹介します。これをお読みの皆さまもそんな気持ちで読んで頂ければ幸いです。



南無大聖不動明王 南無大聖不動明王 南無大聖不動明王



続く~


不動明王

※画像は不動明王 ネットより




プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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