鍛冶神様のお祭りをするに至った、ちょっとした事件があったと前回ブログでありましたが、これについてお話しようと思います。
この鍛冶神さまの額装とご縁を頂いてから何年か、あるいは十何年か過ぎた後、この額を出して父と眺めていたら、この額は重いなという話になりました。これだけ重いと持ち運びに困るという事で、額の軽量化を行うことになりました。

※鍛冶神様の額(部分)
額は厚めのガラスの板がはまっていたので、それを軽いアクリル板に入れ替えることにしました。
外したガラスは捨てるのも何なので、割れないように、割れても良いようにエアパッキン(プチプチ)で包みました。

更にその上から荷物の梱包に使う茶色い紙で包みました。その当時の写真が無いので図で解説しますがこんな感じになりました。高さは1メートルくらいです。

くるっと紙で包み、上下を折り曲げた状態です。ガムテープで止めて倉庫にしまいました。鍛冶神様の額も同じ場所に保管することになりました。
それから数年経過したある日、倉庫部屋の掃除をしようと思い立ちました。部屋の中は歩きにくい状態で、部屋の狭い隙間を横歩きで移動していました。
するとその時、右の大腿部に何かが突き刺さりました。この時作務衣を着ていましたが、作務衣を貫通していました。結構な痛みだったので、こんな所に釘でも突き出ていたのかと刺さった個所を見で驚きました。

梱包したガラス板が中で割れており、剣のように突き出ていたのです。過去の記憶を辿ってもガラスがこのような形で割れていたのは見たことがありません。これは鍛冶神様がお怒りだと直感しました。

鍛冶神様の写真を載せるのはあんまりよくないと判断しましたので、紹介は出来ませんが複数ある手には全て刀が握られています。割れたガラス板はまさにそんな感じでした。
父に慌てて相談した所、すぐに倉庫部屋から出せということで現在は別の場所に保管しています。この事件が毎月のお参りをする切っ掛けになった次第です。
刺された個所は傷みがあり、出血もしましたが傷は直ぐに治りました。痕もありません。気付かせるための峰打ちだったと今では解釈しています。
あの割れた刀剣のようなガラスは処分しましたが、写真を撮っておけばよかったと後悔しています。当時はそれどころではなかったですが(笑)
紅葉屋呉服店はこちらまで
この鍛冶神さまの額装とご縁を頂いてから何年か、あるいは十何年か過ぎた後、この額を出して父と眺めていたら、この額は重いなという話になりました。これだけ重いと持ち運びに困るという事で、額の軽量化を行うことになりました。

※鍛冶神様の額(部分)
額は厚めのガラスの板がはまっていたので、それを軽いアクリル板に入れ替えることにしました。
外したガラスは捨てるのも何なので、割れないように、割れても良いようにエアパッキン(プチプチ)で包みました。

更にその上から荷物の梱包に使う茶色い紙で包みました。その当時の写真が無いので図で解説しますがこんな感じになりました。高さは1メートルくらいです。

くるっと紙で包み、上下を折り曲げた状態です。ガムテープで止めて倉庫にしまいました。鍛冶神様の額も同じ場所に保管することになりました。
それから数年経過したある日、倉庫部屋の掃除をしようと思い立ちました。部屋の中は歩きにくい状態で、部屋の狭い隙間を横歩きで移動していました。
するとその時、右の大腿部に何かが突き刺さりました。この時作務衣を着ていましたが、作務衣を貫通していました。結構な痛みだったので、こんな所に釘でも突き出ていたのかと刺さった個所を見で驚きました。

梱包したガラス板が中で割れており、剣のように突き出ていたのです。過去の記憶を辿ってもガラスがこのような形で割れていたのは見たことがありません。これは鍛冶神様がお怒りだと直感しました。

鍛冶神様の写真を載せるのはあんまりよくないと判断しましたので、紹介は出来ませんが複数ある手には全て刀が握られています。割れたガラス板はまさにそんな感じでした。
父に慌てて相談した所、すぐに倉庫部屋から出せということで現在は別の場所に保管しています。この事件が毎月のお参りをする切っ掛けになった次第です。
刺された個所は傷みがあり、出血もしましたが傷は直ぐに治りました。痕もありません。気付かせるための峰打ちだったと今では解釈しています。
あの割れた刀剣のようなガラスは処分しましたが、写真を撮っておけばよかったと後悔しています。当時はそれどころではなかったですが(笑)
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