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主に寺社参拝を通しての気付・思ったことのお話

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紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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◆餓鬼道について調べてみた。

六道において最も苦しい世界が地獄ですが、餓鬼道はその次に苦しい世界のようです。その名の通り餓えた鬼の世界です。


地獄というのは落ちた人間を只管責める存在がありますが、餓鬼道では「欲しいものが手に入らない」という苦しみにさいなまれます。


餓鬼とはとにかく餓えているものが落ちる世界です。


餓鬼の寿命は人間の時間に換算すると1万5000年に相当するようです。


餓鬼会を統べるのは閻魔大王です。一言で餓鬼と言っても諸説あり、中には餓鬼の種類は三十六種類あるという話もあります。いろいろと調べてみると、餓鬼は大まかに分けると3種類に分かれており、それぞれが住む世界が違うというのもありました。世界が違う、つまり餓鬼の中には人道に住むものもいれば、地下にいるもの、天道にいるものもいます。これは知らなかったです。なるほどです。


①無罪餓鬼

彼らは全く食べることが出来ず、いつも餓えている。食べ物を口にした途端に食べ物が火と化し、内臓を焼き尽くす。


②小財餓鬼

小財餓鬼は無罪餓鬼と違い、多少は食べることを許されているが、食べ物ではなく糞尿、嘔吐物、屍肉、自分の脳みそ等々、不浄なものしかない。


③多財餓鬼

餓鬼の中でも例外的に富める存在。天界の宮殿まで出入りが許され、あらゆる楽しみを享受出来る。美味飽食も可能。餓鬼の中でも親玉的存在。


同じ餓鬼道に落ちる場合でも、やはり生前の行いにより落ちる餓鬼道にも違いあるということです。多罪餓鬼だけ天界の宮殿にも出入りでき、富を得たり、美食にありつけるというのは何か変な感じがしますが、餓鬼とはとにかく餓えた存在、天界の宝や美食をもってしても満足できず苦しむというのは、恐るべき執着心だと思えます。

 
三種類の餓鬼、人から見れば違いがありますが、共通しているのは彼らは満足も感謝も知らないということです。餓鬼の中でもより悲惨な境遇、恵まれた境遇があれども満足も感謝もないので、どの餓鬼も底なしの欲望、食欲にさいなまれるということです。それが1万5000年も続くわけです。


人道にも餓鬼がいるというのは、実際にこの世に霊体としての餓鬼が存在するという意味と、人間でありながらその人の考え方、生き方によっては人でありながら餓鬼道に生きているという人もいる・・・という意味の二つがあるのでしょう。


感謝と満足、そのどちらも心のありよう、受け取り方です。この二つが無くなると人は餓鬼になるということです。

餓鬼


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参考文献

ひと目でわかる 現代人のための仏教知識百科 監修/ひろさちや 主婦と生活社 

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