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2020-12-16

◆神仏習合について考える  その1

前回のブログで、熊野那智大社にあった御神木潜りというのを、子供がやりたがっていたが止めさせたというのがありました。


これについて今回はお話ししたいと思います。その前に「木を切ること」について少々寄り道します。


こういう世界に興味を持たねば知らずに一生を終えていたと思いますが、木を切るという行為は大変注意せねばならないことです。


私は客商売なので物を売る以外にも、いろいろな話をしたり、お客様から聞いたりします。また父が特殊な才能(お稲荷さんと話したりする)を持っておりますので、お客様からの相談を受けることも多いので、それを通して普通では学べないことも沢山学ばせて頂きました。


例えば、家の木を切ったことで家族の体調が悪くなったり、病気になった等の話です。そんなの迷信だと言われる方も沢山いるかと思いますが、私は「どうもそういったことはあるのでは?」と思います。木にも命がありますから。(ひょっとすると魂もあるのかもしれません)

 
それが神社の御神木となると大変やっかいな事例となります。以下神社の木の伐採に関する、過去に聞いた不可解な話です。
 
 
③伊勢湾台風でとある神社の大きな御神木が倒壊した。太い木だったので町の大工が木材に加工し、それを数件の家に用いたら、それらの家に住んでいる人は病気ばっかりだった。

②神社のお社が老朽化し、新築した。その際、神社の森の木を多数切り倒して社の木材とした。以後、氏子総代を引き受ける人は病気になったり短命になる。

③町内の神社の木を剪定した庭師さんが、その後いきなり目の病になった。(お詫びを言ってお寺で供養してもらい回復)




などなどです。これら3つのケースの共通点は、古い神社かつ町内で管理してる無住の神社であること、そして木を切り倒したり、倒れた木を木材にしたり、剪定する際に特に何の配慮(神職の方にお願いをしてない)も無かったことです。


神社好きの私ですが、若い頃は神社で写真をたくさん撮っていました。御神木も好きなのでよく撮影対象になっていましたが、ある時を境に「あんまり撮らない方が良いかもしれない・・・」と考えを改め、特に神社の木はなるべく撮らないようになりました。それは二つの理由からそうなりました。


一つ目の理由、それは神は木に宿ると確信したから。


二つ目の理由、神社の神様は、お寺の仏様とは決定的に違うなというのが理解できたからです。



人間を数える時は一人二人ですが、神様は「柱」と数えます。柱は木の主と書きます。木に宿る主が私は神様だと思います。


神社の御神木とは、文字通り神様が宿っている木のことです。つまり神様と同意が御神木と言えます。


御神木とは決して不用意に触ってはならないものであり、神であるなら写真を気軽に撮るという行為も気をつけねばならないとなります。


私が御神木の写真を撮るのを控えようと思った二つ目の理由・・・。それは神が宿る木が御神木であるのなら、その宿っている神様が一体どういう神様なのかは、誰にも分からないからと言うことです。
 
 
長くなりそうなので、詳しくは次回に続く・・・。


木



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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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