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2020-08-26

◆尊と命(みこととみこと)

神社参拝をする際、一番気をつけているのが、「一体どんな神様を祀っているのか?」です。


御祀神の書いてある看板なり社歴などを読んでいると、〇〇〇命とか○○○〇尊というように「命」とか「尊」という文字が神名の最後にあることが多いです。


「尊」も「命」も読み方は同じ「みこと」です。


今まであんまり気にしなかったのですが、当初はどちらの表記も特に決まりはなく、どれが正解という訳ではないのでは?位にしか思っていなかったですが、蔵書の中からとある本を読んでいたら、この「尊」と「命」について書かれていた個所がありました。
 
 
それによれば、古事記と日本書記では「尊」と「命」について解釈が違っておりました。

 
日本書記では、例えば大国主命の場合、「命」と表記されていたり、「神」と表記されていたりして一定ではないようです。

 
また「尊」がより尊い神であり、その次に「命」がつく神となっています。

日本武尊

 
しかし、これが古事記になると、自分よりも上位の神から、例えば天界から地上の世界へ下る命令を受けた場合、命令された方は「○○○神」から「○○○命」となります。
 
 
どちらが正しいかというのは、時代によって解釈が変わるようですが、何れにせよ「命」も「尊」も「御言」という意味がある様です。


御言(みこと)、つまり神名そのものが強力な言霊であるという意味です。


古代中国の道教の考え方によれば、「文字とは神が人間に与えたもの」と言います。


文字は言葉を視覚化したものです。であるなら、言葉も神が与えたものだと言うことです。私はそう考えます。

 
人間が他の生物よりも優れ、生態系の頂点にいるのは言葉を使うからかもしれません。
 
 
自分や他者にそれぞれ名前をつけたり、物や動物、植物などに全て名前をつけます。

 
動物や植物はグループの名前ですが、人は個人を特定する名前をつけます。

 
名前とはその人全てを表します。もし自分の名前が無かったらと考えてみてください。自己紹介が非常に困難になります。過去の経験、先祖の思い、その全てが個人名には集約されています。
 
 
その個人名に酷い言葉を浴びせれば、受けた方が何かしらの対処が出来ないと衰運になります。実際、日本でも外国でもSNSを通して酷い言葉を集中させることで死に追いやるということもよくあります。
 
 
言葉は言霊、 吐いた言葉は自分や相手の運命を左右させます。
 
 
人間の言葉にもそれ位の力があるのですから、神仏の言葉はそれはもう規格外の強力な言霊です。
 
 
その神仏から伝えられた言霊は、神道では祝詞、仏教ではお経や真言、名号がそれにあたるかと思います。


今回のブログはふと思ったことについて考えてみましたが、きっかけは神道のことをもっと学びたいと思ったからです。私は子供の頃より仏像が好きで、気づけば仏様を信じ仏教を学んでおりましたが、日本の神道も素晴らしいと思います。
 
 
まだまだ勉強不足ですが、神道と仏教をより深く理解することと、豊かな人生が過ごすことは実はどちらも同じでは?と思うようになりました。言葉を本当に理解出来ているかどうか? 効果的に使いこなせているかどうか? 
 
 
という訳で、まずは神道の言霊というものを、もっと知りたいと思います。



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 ※参考文献 神道行法の本  学研
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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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