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主に寺社参拝を通しての気付・思ったことのお話

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紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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◆新・所謂「恵方巻」について 最終回

では私が考える恵方巻の所作について解説することにする。


◎「お供えする」ということ


①毎年変わる恵方には、八王子神の母親である歳徳神がいるので、食べる前にまずは「お供えする」。


②恵方に向けて何か適当な大きさの台を用意し、食べ物を供える。巻き寿司でなくても構わない。


③それでも巻き寿司を供えたいのであれば、食べやすいように一口大に切って供える。これは相手が女神だから。大口を開けては食べないと思う。


④水や酒、塩なども供える。供物は相手(歳徳神)のことを第一に考える。何をお供えすれば喜ぶだろうか?と考えて下さい。


⑤例えば炊いたご飯を供えるなら、お味噌汁やおかずもあった方が良いでしょう。


⑥基本お供えは何でも良いと思う。それが手作りでも買ってきたものでも、そこに「お祭りを行えることが有り難い」という気持ちがあればどちらでも構わない。正し肉や魚は避けて下さい(豹尾神が怒ると思う)。


⑦設置が完了したら、「昨年も無事過ごせました。ありがとうございました。来年も無事過ごせますように」と合掌して祈る。


⑧お供えする時間は、人がだいたい1回食事にかける時間を目安で。終わったら下げる。下げたものはご家族で頂いて下さい。



というものだ。お願い事はしてはならない。あくまで八王子神の障りを受けぬよう、無事をお祈りするのだ。下げたお供えを頂くことは歳徳神と同族になるという意味合いも兼ねている。
 
 
恵方巻の所作のルーツについては諸説あり謎が多いが、原点はこうした歳徳神への感謝であると思う。


海苔巻きは後付けだと思うが、「だまって食べる」というものは、分らんでもない。昔、とある祈祷を行うお寺の方に話を聞いたことがあるが、仏様に願掛けをした場合は、成就するまで人に喋ってはならないということだった。多分そんな理屈なのだろう。

 
ただ、歳徳神にお願いするのはあくまで願掛けではなく、一年障りなく過ごせますようにということなので、下げたお供え物を「だまって食べよ」ということにはならないと思う。



◎最後に・・・。

私が出した「恵方巻の所作」に関する結論は、あくまで緊急時に備えての防衛策である。緊急時と言うのは、方位を侵すことによって被る障りを知っていながら、そうせざるを得ない場合の事だ。これについてはこのまま続けて上手く纏める自信がないので、また何時か(その時期が来たら)このブログにでも書こうかなと思う。
 

歳徳神へのお供えをするこの方法。正直なところ効果というかご利益は薄いと思う。何故なら神の力や性質は、祀られている規模、お参りする人の数により変動するからだ。
 
 
例えば嘗ては荒ぶる強烈なる疫病神であった牛頭天王も、全国で3000社祀られ、京都や愛知県では今尚大規模な祭りを続けていることで、だんだんと怒りは沈静化し、祟り神のお仕事をお子さん達に譲っている。(牛頭天王が完全に忘れられるとまた祟り神として復活するかもしれない)

 
それと比べて歳徳神は殆ど忘れられ、この女神を祀る神社も私の知っている範囲だと、京都の神泉苑くらいしかない。

 
神泉苑
※画像は神泉苑のHPより。歳徳神を祀る社。台座ごと動くようになっている。

牛頭天王を祀る八坂神社や、八王子神を祀る八王子神社の方が遥かに多いのである。そう考えれば歳徳神の力は、今は風前の灯と言えるかもしれない。


最後に繰り返して言うが、恵方巻の所作を今後もし行うのであれば、歳徳神にお供えをして、お礼をいうことが大切だ。そんな気持ちで行う日本人が増えれば増えるほど、歳徳神の力はもっと強くなって行くと思います。



おしまい。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・。



※神泉苑はこちら







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