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2010-11-21

吉備津神社 その3

~続き

占いを執り行う御釜殿内は写真撮影禁止なので文章で述べるが、
釜の奥に人間大のしゃもじがあった。巫女さんに聞いたら、
「人々を救うために大きなしゃもじが必要なのです」と教えてくれた。

温羅は敬意を表す人間には福の神になるのである。

御釜殿をお参りした後、トイレに行きたくなった。
辺りを見渡したら、すぐ近くにあったので用を足そうとしたが、
便器の向きが御釜殿に向かっていたので、これはいかんと思い、
我慢することにした。
あの位置にトイレを設置しては非常にマズイ。何を思って設けたのだろうか?

吉備津神社の広い境内の一角は寺になっていた。
そこの寺には池があり、赤い御堂があった。
吉備津神社⑱

看板を読むと、県内最古の宇賀神(人頭蛇神の神。稲荷神と同じと云われる)であるとあった。
吉備津神社⑲

根拠はないが、元々は弁財天が祀ってあったように思う。

神社の敷地と寺の敷地の境に、石柱2本と注連縄で構成された珍しい鳥居があった。
そこの柱に、興味深い彫り物を発見した。
吉備津神社⑰

「犬養毅(いぬかいつよし)」とある。人の名前だ。額の文字か何かを揮毫したのだろう。
時間の兼ね合いもあったので神社で働く人に確認出来なかったが、
この名前は、おそらく日本初の暗殺された総理大臣であると思う。

ここで、吉備津神社に残る、温羅退治の伝説に再度着目する。
打ち取られた温羅は、晒し首になり、死後も唸り続けたと前回紹介したが、
唸りが治まらない首に、吉備津彦命は部下に無茶苦茶な命令を下す。
犬に首を食わせよ」言ったのだ。
温羅は数年晒されるだけではなく、犬に食われたのである。
死者に鞭討つとはこのことだろう

その時に命じられた部下の名前が「イヌカイタケル」と云うのだ。
また、このイヌカイタケルの子孫が暗殺された犬養毅であるという説もあった。
(イヌカイタケルも恐らく王権側に平伏した人物だと思われる。
 負けた者、降参した者は、常に酷い命令ばかり回ってくるのだ)

真偽の程は定かではないが、もし真実なら、巡り巡って…と考えられなくもない。

再び神社の方に戻り、御釜殿の更に奥に行ってみた。

続く~

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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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