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2010-09-30

いとうルンペン その2

~続き

父の話によれば、ある日、祖父がいとうルンペンに
お菓子を一箱あげたことがあった。

ちょうど、貰い物のお菓子が重なり、食べきれないことがあった為、
それならばという事だったそうだ。

数日後、鯛のお頭をお礼に持ってきたそうである。

いとうルンペンは礼儀正しく、教養もあったらしい。
英語も話せたそうである。一体なぜそんな生活をしていたのだろうか?

事業に失敗したのか?家族はいたのか?
その辺のことは何一つ分かっていない。

父の記憶で最も印象深い出来事があった。

我家では今でも年に一度だけする行事がある。
それは近所のお坊さんに来てもらい、昔から祀っている観世音菩薩に
お経を上げてもらうことだ。

6月に行うその日、偶然にも近くを通り掛ったいとうルンペンが挨拶に来た。
今日はお坊さんにお経をあげて貰う日だと父が告げたら、一緒にお参りしたいと申し出た。
結果、祖父が家に上げ、法要に同席することになった。

法要が終わった時、彼は「新聞紙を一枚分けてくれないか?」と言った。
父が新聞紙を渡すと、彼は懐から今日食べるであろう米を全部新聞紙に包み、
お坊さんに手渡した。お布施だったのである。

お坊さんはとても喜び、それを受け取った。
父はその行為を見てとても感動したそうだ。

彼が今生きているかどうかは分からないが、
常識的に考えればもう亡くなっていると思う。

個人の記憶はやがて忘れられる。今から100年経てば、人も変われば建物も変わる。
自らを振り返るに、自分と血が繋がる先祖の名前でも正直祖父より前の人は知らない。
その前となれば全く分からないという人が多いだろう。
自分の身内でもそんなものなのだ。

しかし、名古屋市西区浄心町界隈の人にとって「いとうルンペン」という
一人のホームレスの名は、この先ずっと語り継がれていくのだ。

「何を成したか」も大切だが「どういう生き様だったのか」も大切だと思った。



おしまい。


追記
後300年位経てば、寺の火を消し止めた「いとうルンペン」は火伏せの神になってるかも…。




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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
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