名古屋駅付近に那古野町という場所がある。
そこで地蔵堂を見つけた。
交番とビルと駐車場が御堂の周りにある。
那古野地蔵堂にはまだ新しい花がお供えしてあった。
毎日訪ねている人がいるのかもしれない。

都会でも地方でも、周りの景色が変わっても、
そこに昔から在り続ける御堂は沢山ある。
それは神社の場合も多いが、仏を祀る御堂となると、
圧倒的に多いのが地蔵菩薩(お地蔵さん)だ。
そんな地蔵堂は、来歴がよく分からないことが殆どだが、
来歴が残っている珍しいケースがこの御堂だった。

何時頃、もともと何処に在ったお地蔵さんかは分からないが、
洪水で流されたのがきっかけで、
巡り巡ってこの地に祀られるようになったみたいだ。
推測だが、もともとは川の付近にあったのかもしれない。
そう考えると水難事故にあった人の供養として建立されていたのかも・・・。
何気にひっそりと建つ街の御堂。
歴史は分からずとも、どの御堂もそこに必要だったからあるわけである。
来歴は形に残さないと忘れられる。
貴重な歴史が忘れられる前に、今生きている人が
後世に伝えることは重要な使命だと思った。
そこで地蔵堂を見つけた。
交番とビルと駐車場が御堂の周りにある。
那古野地蔵堂にはまだ新しい花がお供えしてあった。
毎日訪ねている人がいるのかもしれない。

都会でも地方でも、周りの景色が変わっても、
そこに昔から在り続ける御堂は沢山ある。
それは神社の場合も多いが、仏を祀る御堂となると、
圧倒的に多いのが地蔵菩薩(お地蔵さん)だ。
そんな地蔵堂は、来歴がよく分からないことが殆どだが、
来歴が残っている珍しいケースがこの御堂だった。

何時頃、もともと何処に在ったお地蔵さんかは分からないが、
洪水で流されたのがきっかけで、
巡り巡ってこの地に祀られるようになったみたいだ。
推測だが、もともとは川の付近にあったのかもしれない。
そう考えると水難事故にあった人の供養として建立されていたのかも・・・。
何気にひっそりと建つ街の御堂。
歴史は分からずとも、どの御堂もそこに必要だったからあるわけである。
来歴は形に残さないと忘れられる。
貴重な歴史が忘れられる前に、今生きている人が
後世に伝えることは重要な使命だと思った。
スポンサーサイト