2021-10-31
◆納骨にて
10月31日、亡き父の納骨に名古屋の東別院に行ってきました。家の宗派でもあります浄土真宗のお寺です。
久しぶりにこちらのお寺に訪れましたが、大きなお寺です。
事務所で手続きを終え、しばらくして別室に案内され法話を聞いた後、本堂へ移動してお経を上げて終了という流れでした。
この日、納骨に来ていたのは10家族くらいでした。
浄土真宗のお坊さんの長めの法話を聞く機会は今までなかったので、貴重な機会だなと意識を集中し聞き入っていました。法話は浄土真宗における供養に纏わる考え方の話でした。内容的にはこんな感じです。
①死者にむかって成仏してくださいとお寺さんや残された人が拝むのは、本当に意味があるのか?本当に死者はそれで成仏するのか?それは誰にも分からない。
②念仏を唱えれば必ず極楽に行く。この世に残らない。
③故に先祖供養はない。死後、お仏壇に向かってお経を唱えるのは死者の為ではない。生きている私たちのため。
という内容です。浄土真宗のこの辺りの考えかたは、昔聞いたことがあったので、そんなに驚きはしなかったですが、お坊様から聞く話でより理解出来ました。
日本の古くからある主だった仏教宗派では私の知る限りですが、ほぼほぼ先祖供養はしていると思います。真言宗、天台宗、天台寺門宗、日蓮宗、浄土宗、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗などは調べると先祖供養はあります。
なので、浄土真宗だけが先祖供養をしない、する必要がない仏教宗派ということになります。(全部の仏教宗派は知らないので、他にもあるかもしれないですが)
先祖供養はしない、幽霊はいないと初めて聞いた時は「は?」と思いましたが、よくよく考えると、強い覚悟をもって阿弥陀如来を信仰し、丸投げできれば必ず極楽へ行けるのではと解釈した時、腑に落ちました。

父の納骨のご縁で、お坊様の法話を聞けました。話を聞きながら、浄土真宗の教えは阿弥陀如来のお念仏を唱えれば救われるという分かりやすい教えなので、全国的に広まったのかななどと考えておりました。
ただ、いくら念仏を唱えようとも、阿弥陀如来を信じてなければ意味がないのでは?と思います。
例えば神仏を全否定する人、家の宗派が浄土真宗でも、普段から念仏を全然唱えない人、唱えるのは法事だけで阿弥陀如来は信仰していない人となると、いかな阿弥陀如来でも救うのは難しいのでは?とも思います。
阿弥陀様が頑張って救おうとしても、こちらが無視している(信じてない)と繋がらないと思うからです。
また信じるとか信じないとか、そんなことも考える時間もなく亡くなった場合はどうなるのか?
例えば生まれて間もなく亡くなってしまった小さな子供は、念仏も知らない場合も考えられます。
そう考えると、先祖供養や死者の供養と言うのは必要になってくるでしょう。浄土真宗の教えは仏縁の薄い人や全然仏教に興味が無い人でも分かりやすい素晴らしい教えだと思いますが、ご先祖の供養というのは決して意味がないことではなく(ほとんどの仏教宗派でやっていることからも)大切なことだなと私は思います。
久しぶりにこちらのお寺に訪れましたが、大きなお寺です。
事務所で手続きを終え、しばらくして別室に案内され法話を聞いた後、本堂へ移動してお経を上げて終了という流れでした。
この日、納骨に来ていたのは10家族くらいでした。
浄土真宗のお坊さんの長めの法話を聞く機会は今までなかったので、貴重な機会だなと意識を集中し聞き入っていました。法話は浄土真宗における供養に纏わる考え方の話でした。内容的にはこんな感じです。
①死者にむかって成仏してくださいとお寺さんや残された人が拝むのは、本当に意味があるのか?本当に死者はそれで成仏するのか?それは誰にも分からない。
②念仏を唱えれば必ず極楽に行く。この世に残らない。
③故に先祖供養はない。死後、お仏壇に向かってお経を唱えるのは死者の為ではない。生きている私たちのため。
という内容です。浄土真宗のこの辺りの考えかたは、昔聞いたことがあったので、そんなに驚きはしなかったですが、お坊様から聞く話でより理解出来ました。
日本の古くからある主だった仏教宗派では私の知る限りですが、ほぼほぼ先祖供養はしていると思います。真言宗、天台宗、天台寺門宗、日蓮宗、浄土宗、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗などは調べると先祖供養はあります。
なので、浄土真宗だけが先祖供養をしない、する必要がない仏教宗派ということになります。(全部の仏教宗派は知らないので、他にもあるかもしれないですが)
先祖供養はしない、幽霊はいないと初めて聞いた時は「は?」と思いましたが、よくよく考えると、強い覚悟をもって阿弥陀如来を信仰し、丸投げできれば必ず極楽へ行けるのではと解釈した時、腑に落ちました。

父の納骨のご縁で、お坊様の法話を聞けました。話を聞きながら、浄土真宗の教えは阿弥陀如来のお念仏を唱えれば救われるという分かりやすい教えなので、全国的に広まったのかななどと考えておりました。
ただ、いくら念仏を唱えようとも、阿弥陀如来を信じてなければ意味がないのでは?と思います。
例えば神仏を全否定する人、家の宗派が浄土真宗でも、普段から念仏を全然唱えない人、唱えるのは法事だけで阿弥陀如来は信仰していない人となると、いかな阿弥陀如来でも救うのは難しいのでは?とも思います。
阿弥陀様が頑張って救おうとしても、こちらが無視している(信じてない)と繋がらないと思うからです。
また信じるとか信じないとか、そんなことも考える時間もなく亡くなった場合はどうなるのか?
例えば生まれて間もなく亡くなってしまった小さな子供は、念仏も知らない場合も考えられます。
そう考えると、先祖供養や死者の供養と言うのは必要になってくるでしょう。浄土真宗の教えは仏縁の薄い人や全然仏教に興味が無い人でも分かりやすい素晴らしい教えだと思いますが、ご先祖の供養というのは決して意味がないことではなく(ほとんどの仏教宗派でやっていることからも)大切なことだなと私は思います。
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2021-10-27
◆毘沙門天のご眷属
毘沙門天像(四天王)の足元に目をやると、二柱の鬼神を踏みつけています。
この鬼の名は毘藍婆(びらんば)と尼藍婆(にらんば)と言います。毘沙門天の配下には八大夜叉というご眷属がいます。夜叉とは簡単に言えば鬼神のことです。
八大夜叉のお名前は、
宝賢(ほうけん)
満賢(まんけん)
散支(さんし)
娑多祁哩(さたぎり)
醯摩嚩多(けいまばた)
毘攦迦(びせいきゃ)
阿咤嚩迦(あたばか)
半遮羅(はんしゃら)
です。数多の夜叉を従える王様が毘沙門天です。
昔、父から聞いた毘沙門天に纏わる話があります。
お釈迦様が大衆に向かって説法をしていると、必ず夜叉が何処からか表れて耳を傾けているのをお釈迦様が気付きました。釈迦はそれが夜叉の王であると知ると、夜叉の王のもとへ行き説法をしたそうです。
釈迦の説法に改心した夜叉の王は、大勢の配下ともども仏教へ帰依し、夜叉の王は毘沙門天となりました。四天王に入っている時の毘沙門天は、多聞天と言う名になりますが、これは仏の説法を最も多く聞いたという話から来ているそうです。
鬼神には大きく分けて二つのグループに分けれると思います。一つは仏教に帰依したグループと、仏教に帰依していない、人に災厄を齎すグループです。
鬼と聞くと、恐ろしい存在と考える人もいますが、鬼は全部が恐ろしいのではなく、仏教に帰依した福の神の鬼も沢山いる云うことです。

人間にも善人と悪人がいるので、そう考えれば分かりやすいかなと思います。仏様の慈悲の力は人間や動物だけではなく、厄神となった鬼にも注がれていると思います。
毘沙門天の配下には強力な鬼神の皆様が揃っていますが、変わったところですと(日本の場合)毘沙門天の使者はムカデであるというものがあります。
毘沙門天を信仰している人にとっては常識みたいです。
私が子供の頃、母親の実家の竹やぶから、父が「何度も呼ばれるから」という理由で地面の中から仏像を見つけました。竹やぶに入って仏像を見つけるまで所要時間は10分くらいでした。
仏像は如来像です。如来像は頭を下にして地面に埋まってましたが、(ここにあるな)と思った箇所を、落ちていた棒で少しほじくった所、「ポコン」と穴が空き、大きなムカデが出て来たそうです。そのムカデが出て来た穴の中に仏像が埋まっていました。
今思うに、如来像は毘沙門様がしっかりと守っていたのかなと思います。
この鬼の名は毘藍婆(びらんば)と尼藍婆(にらんば)と言います。毘沙門天の配下には八大夜叉というご眷属がいます。夜叉とは簡単に言えば鬼神のことです。
八大夜叉のお名前は、
宝賢(ほうけん)
満賢(まんけん)
散支(さんし)
娑多祁哩(さたぎり)
醯摩嚩多(けいまばた)
毘攦迦(びせいきゃ)
阿咤嚩迦(あたばか)
半遮羅(はんしゃら)
です。数多の夜叉を従える王様が毘沙門天です。
昔、父から聞いた毘沙門天に纏わる話があります。
お釈迦様が大衆に向かって説法をしていると、必ず夜叉が何処からか表れて耳を傾けているのをお釈迦様が気付きました。釈迦はそれが夜叉の王であると知ると、夜叉の王のもとへ行き説法をしたそうです。
釈迦の説法に改心した夜叉の王は、大勢の配下ともども仏教へ帰依し、夜叉の王は毘沙門天となりました。四天王に入っている時の毘沙門天は、多聞天と言う名になりますが、これは仏の説法を最も多く聞いたという話から来ているそうです。
鬼神には大きく分けて二つのグループに分けれると思います。一つは仏教に帰依したグループと、仏教に帰依していない、人に災厄を齎すグループです。
鬼と聞くと、恐ろしい存在と考える人もいますが、鬼は全部が恐ろしいのではなく、仏教に帰依した福の神の鬼も沢山いる云うことです。

人間にも善人と悪人がいるので、そう考えれば分かりやすいかなと思います。仏様の慈悲の力は人間や動物だけではなく、厄神となった鬼にも注がれていると思います。
毘沙門天の配下には強力な鬼神の皆様が揃っていますが、変わったところですと(日本の場合)毘沙門天の使者はムカデであるというものがあります。
毘沙門天を信仰している人にとっては常識みたいです。
私が子供の頃、母親の実家の竹やぶから、父が「何度も呼ばれるから」という理由で地面の中から仏像を見つけました。竹やぶに入って仏像を見つけるまで所要時間は10分くらいでした。
仏像は如来像です。如来像は頭を下にして地面に埋まってましたが、(ここにあるな)と思った箇所を、落ちていた棒で少しほじくった所、「ポコン」と穴が空き、大きなムカデが出て来たそうです。そのムカデが出て来た穴の中に仏像が埋まっていました。
今思うに、如来像は毘沙門様がしっかりと守っていたのかなと思います。
2021-10-26
◆仏様の御利益について
前回毘沙門天の御利益の話がありましたので、今回は神仏の御利益の話を少し拡げてみました。あくまで私の感覚です。
神仏と一緒に生活して40数年になりますが、(途中家を離れていましたが)最近ようやくですがお参りを続けることで学びが増えてまいりました。
寺や神社にお参りに出かける人で、お願い事をする人、しない人はまちまちかと思います。中には「すがった所で何もない。人生は自分の力だけで切り開くものだ」と言う人もいるでしょう。
また、願い事をする人の中にも、「やってはいるけどそれほど期待せずにお参りする」と言う人もいるかと。
あるいは、「願い事をするのは失礼だから、感謝だけにしている。」と言う人もいます。
どれもよく分かります。私自身もこのように思ったことは過去を振り返るとありました。

その上で、ほぼ毎日お参りしたり、願ったりしたりして分かってきましたが、神仏の御利益はあります。もうこれはずっと一緒に生活していて確信しましたが、必ずあります。
しかし、それを頂くのに必須なのは(いろいろとありますが)、手を合わせる神仏を信じないと繋がるものも繋がらないということです。
神仏は信じないと御利益を上げないというケチ臭いことを言ってる訳ではないです。
言い換えれば、信じると言うことは、まずもって素直になること。素直になるには我が邪魔する、我が邪魔すると本来誰でも頂けるものも頂けないということです。
紅葉屋呉服店はこちらまで
神仏と一緒に生活して40数年になりますが、(途中家を離れていましたが)最近ようやくですがお参りを続けることで学びが増えてまいりました。
寺や神社にお参りに出かける人で、お願い事をする人、しない人はまちまちかと思います。中には「すがった所で何もない。人生は自分の力だけで切り開くものだ」と言う人もいるでしょう。
また、願い事をする人の中にも、「やってはいるけどそれほど期待せずにお参りする」と言う人もいるかと。
あるいは、「願い事をするのは失礼だから、感謝だけにしている。」と言う人もいます。
どれもよく分かります。私自身もこのように思ったことは過去を振り返るとありました。

その上で、ほぼ毎日お参りしたり、願ったりしたりして分かってきましたが、神仏の御利益はあります。もうこれはずっと一緒に生活していて確信しましたが、必ずあります。
しかし、それを頂くのに必須なのは(いろいろとありますが)、手を合わせる神仏を信じないと繋がるものも繋がらないということです。
神仏は信じないと御利益を上げないというケチ臭いことを言ってる訳ではないです。
言い換えれば、信じると言うことは、まずもって素直になること。素直になるには我が邪魔する、我が邪魔すると本来誰でも頂けるものも頂けないということです。
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2021-10-25
◆毘沙門天の御利益
毘沙門天の話が続いたので御利益について調べてみました。
毘沙門天王功徳経によれば、毘沙門天は非常に沢山の福徳を持っており、あまりにも多すぎるので一日三回これを燃やすとあります。毘沙門天を願う者は、その有り余る福徳を得られるやもしれません。
毘沙門天は、商売繁盛、金運上昇、厄除け、武運長久などが上げられます。
また毘沙門天を信じる者には10種の福徳を得られるとされています。
①無尽の福
②衆人愛敬の福
③智慧の福
④長命の福
⑤眷属衆太の福
⑥勝運の福
⑦田畠能成の福
⑧蚕養如意の福
⑨善識の福
⑩仏果大菩提の福
です。ただし、これらの福徳を得るには条件あります。次の五つの目的のどれかに適っていないと駄目です。こうありました。
①父母の孝養のため
父母があってこそ、今の自分がいるという思い。
②功徳善根のため
目には見えない陰徳が、金では買えない幸せをもたらすという思い。
③国土豊饒(こくどぶにょう)のため
国が豊かでこそ、自分も豊かになれるという思い。
④一切衆生のため
自分も他人も共に栄えるという思い。
⑤無上菩提のため
心の安らぎこそ、真の豊かさであるという思い。

なるほどですね。仏様の役割は何も人の願いだけを叶えることではないという事です。
分かりやすい欲で釣りつつ、毘沙門天の真の目的は悟りへ至る為の具体的な行動を、人に促しているのだなと思いました。
参考文献 仏尊のご利益功徳辞典 大森義成著 学研
※紅葉屋呉服店はこちらまで
毘沙門天王功徳経によれば、毘沙門天は非常に沢山の福徳を持っており、あまりにも多すぎるので一日三回これを燃やすとあります。毘沙門天を願う者は、その有り余る福徳を得られるやもしれません。
毘沙門天は、商売繁盛、金運上昇、厄除け、武運長久などが上げられます。
また毘沙門天を信じる者には10種の福徳を得られるとされています。
①無尽の福
②衆人愛敬の福
③智慧の福
④長命の福
⑤眷属衆太の福
⑥勝運の福
⑦田畠能成の福
⑧蚕養如意の福
⑨善識の福
⑩仏果大菩提の福
です。ただし、これらの福徳を得るには条件あります。次の五つの目的のどれかに適っていないと駄目です。こうありました。
①父母の孝養のため
父母があってこそ、今の自分がいるという思い。
②功徳善根のため
目には見えない陰徳が、金では買えない幸せをもたらすという思い。
③国土豊饒(こくどぶにょう)のため
国が豊かでこそ、自分も豊かになれるという思い。
④一切衆生のため
自分も他人も共に栄えるという思い。
⑤無上菩提のため
心の安らぎこそ、真の豊かさであるという思い。

なるほどですね。仏様の役割は何も人の願いだけを叶えることではないという事です。
分かりやすい欲で釣りつつ、毘沙門天の真の目的は悟りへ至る為の具体的な行動を、人に促しているのだなと思いました。
参考文献 仏尊のご利益功徳辞典 大森義成著 学研
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2021-10-19
◆毘沙門天について
名古屋駅の名鉄百貨店で行われていた信貴山朝護孫子寺の御本尊、毘沙門天増の出開帳。
博物館などの仏像展示と、出開帳の違いと言うのが良く分かりました。
あの場でお参りした時は、ご本尊の毘沙門天像の迫力に圧倒され、それどころではなかったですが、数日経った後から気づくことがありました。
毘沙門天王像は、主に密教寺院で祀られることが多いですが、毘沙門天が本尊で祀られている場合と、本尊を守る側として祀られている場合では受ける感じが全然違うというものでした。
本尊を守る側というのは、その寺の本尊が別にある(観世音菩薩とか薬師如来など)場合のことです。
密教寺院には数多くの仏像が祀られている場合があります。例えば薬師如来だと薬師如来を守る役目をもつ十二神将がいますし、千手観音は千手観音を守る二十八部衆という存在が一緒に祀られることがあります。
毘沙門天は単独で祀られる時の名前で、多聞天、四天王として祀られる場合は釈迦如来などを守っています。
今まで多くのお寺で毘沙門天(多聞天)をお参りしてきました。寺に祀られる仏像は皆開眼が終わっています。単独で祀る毘沙門天も四天王として祀られる多聞天も開眼は済んでいるはずなのに、単独で祀られる方が強く感じるのです。
これはおそらく、立場の違いなのではと思います。例えば観音様を本尊としている寺の毘沙門天の場合は、観音様を守るのが一番の仕事であるからということです。お参りに来た人が向き合うのは観音様が中心であるからなのでしょう。この場合の毘沙門様は観音の曼陀羅の一角にいます。曼陀羅の中心から出てくるのは観音様の優しい力です。
それと違い毘沙門天が本尊で祀られる場合は、もろ毘沙門天と向き合うことになります。毘沙門天曼荼羅です。毘沙門天は戦いの天部です。菩薩や如来を守る為に戦う存在です。中心に立つ毘沙門天から受ける印象は観音様とは違って当然だなと思いました。

この話は何か根拠がある話ではありません。個人的に感じたことです。肌感覚の話と言っても良いかもしれません。
今回の経験を経て、今後お寺にお参りに行く際は本尊毎に受ける感じの違いというものも意識してお参りしたいなと思いました。
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博物館などの仏像展示と、出開帳の違いと言うのが良く分かりました。
あの場でお参りした時は、ご本尊の毘沙門天像の迫力に圧倒され、それどころではなかったですが、数日経った後から気づくことがありました。
毘沙門天王像は、主に密教寺院で祀られることが多いですが、毘沙門天が本尊で祀られている場合と、本尊を守る側として祀られている場合では受ける感じが全然違うというものでした。
本尊を守る側というのは、その寺の本尊が別にある(観世音菩薩とか薬師如来など)場合のことです。
密教寺院には数多くの仏像が祀られている場合があります。例えば薬師如来だと薬師如来を守る役目をもつ十二神将がいますし、千手観音は千手観音を守る二十八部衆という存在が一緒に祀られることがあります。
毘沙門天は単独で祀られる時の名前で、多聞天、四天王として祀られる場合は釈迦如来などを守っています。
今まで多くのお寺で毘沙門天(多聞天)をお参りしてきました。寺に祀られる仏像は皆開眼が終わっています。単独で祀る毘沙門天も四天王として祀られる多聞天も開眼は済んでいるはずなのに、単独で祀られる方が強く感じるのです。
これはおそらく、立場の違いなのではと思います。例えば観音様を本尊としている寺の毘沙門天の場合は、観音様を守るのが一番の仕事であるからということです。お参りに来た人が向き合うのは観音様が中心であるからなのでしょう。この場合の毘沙門様は観音の曼陀羅の一角にいます。曼陀羅の中心から出てくるのは観音様の優しい力です。
それと違い毘沙門天が本尊で祀られる場合は、もろ毘沙門天と向き合うことになります。毘沙門天曼荼羅です。毘沙門天は戦いの天部です。菩薩や如来を守る為に戦う存在です。中心に立つ毘沙門天から受ける印象は観音様とは違って当然だなと思いました。

この話は何か根拠がある話ではありません。個人的に感じたことです。肌感覚の話と言っても良いかもしれません。
今回の経験を経て、今後お寺にお参りに行く際は本尊毎に受ける感じの違いというものも意識してお参りしたいなと思いました。
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2021-10-18
◆地蔵寺釈厄外伝記について その9 地蔵寺釈厄外伝記の世界 開催中です。
前回の続きです。お寺に納めた方(地蔵寺縁起書)を紹介させて頂きました。
この縁起書、父の手を借り、稲荷神の言霊を文字に起こして書いた訳ですが、お寺に納めていない大部分が現在未完状態です。
そちらは地蔵寺釈厄外伝記との題名にしました。
本年7月2日、父は永眠致しました。
お世話になったお客様には、本当に感謝しております。ありがとうございました。
父が寝たきりになっていた時、丁度亡くなる一か月くらい前でしょうか。一日だけ元気な時がありました。
その時が多く言葉を遺した最後でしたが、家族一人一人、必要な言葉をもらいました。
私に遺した言葉の一つに、父がライフワークで書き続けた地蔵寺縁起書の話がありました。
父は、「地蔵寺釈厄外伝記は親子二代で完結させる」と言いました。
私は霊能力はありません。父のような芸当はとても真似できない旨を伝えましたが、父は「お前ならやれる」と言いました。
一体どうやってと思いましたが、あの父がやれると言ったので、今ではやれるのではないか?と漠然とですが、そんな気がします。
父は他に、自分の代ではやりたくともやれなかった仕事を家族に託しました。今、一つずつそれを形にしております。
父が亡くなって数日後、本当にお世話になった地蔵寺さんへお参りに行きました。ご本尊の地蔵菩薩と、寺の守護神白旗稲荷大明神へ、お礼を言いに行きました。
父は血液の難病を患っていましたが、その病気を患った人で一番長生きした人でもありました。
これも一重に神仏の御力だと思います。お地蔵様や白旗稲荷の御力も多分に頂いておりました。お礼参りですね。
本堂の前でお参りし、既にご存知かと思いながら父が亡くなったことを報告し、地蔵寺釈厄外伝記の残り部分の執筆を引き受けたことを白旗稲荷大明神に言葉でこう述べました。
「父から地蔵寺釈厄外伝記を完結させる旨を頂きました。今の私ではなかなか難しいかと思いますが、時期が来ましたらご尽力下さいませ。よろしくお願い致します。」
その日は曇天でした。しかし、私が言葉を言い終えて間もなく、私がお参りした辺りだけ陽が差しました。偶然ですが、私は白旗稲荷大明神が「うむ!」と答えてくれたような気がしました。
大きな宿題が出来ましたが、何とか完成させたいと思います。
さて、父の最後の企画した店内イベント「地蔵寺釈厄外伝記の世界」、現在開催中です。
疫病神、貧乏神の封じに長けたと言われる玉圓尼和尚の念持仏を特別開帳致しております。またこれも父のアイデアですが病気封じの掛軸も展示販売しております。
世間はようやくコロナも収まりつつあるかな?と思いますが、これをお読みの皆様に、一人でも多くの方に仏縁が繋がりますよう、気になった方は是非当店まで遊びにいらして下さいませ。

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この縁起書、父の手を借り、稲荷神の言霊を文字に起こして書いた訳ですが、お寺に納めていない大部分が現在未完状態です。
そちらは地蔵寺釈厄外伝記との題名にしました。
本年7月2日、父は永眠致しました。
お世話になったお客様には、本当に感謝しております。ありがとうございました。
父が寝たきりになっていた時、丁度亡くなる一か月くらい前でしょうか。一日だけ元気な時がありました。
その時が多く言葉を遺した最後でしたが、家族一人一人、必要な言葉をもらいました。
私に遺した言葉の一つに、父がライフワークで書き続けた地蔵寺縁起書の話がありました。
父は、「地蔵寺釈厄外伝記は親子二代で完結させる」と言いました。
私は霊能力はありません。父のような芸当はとても真似できない旨を伝えましたが、父は「お前ならやれる」と言いました。
一体どうやってと思いましたが、あの父がやれると言ったので、今ではやれるのではないか?と漠然とですが、そんな気がします。
父は他に、自分の代ではやりたくともやれなかった仕事を家族に託しました。今、一つずつそれを形にしております。
父が亡くなって数日後、本当にお世話になった地蔵寺さんへお参りに行きました。ご本尊の地蔵菩薩と、寺の守護神白旗稲荷大明神へ、お礼を言いに行きました。
父は血液の難病を患っていましたが、その病気を患った人で一番長生きした人でもありました。
これも一重に神仏の御力だと思います。お地蔵様や白旗稲荷の御力も多分に頂いておりました。お礼参りですね。
本堂の前でお参りし、既にご存知かと思いながら父が亡くなったことを報告し、地蔵寺釈厄外伝記の残り部分の執筆を引き受けたことを白旗稲荷大明神に言葉でこう述べました。
「父から地蔵寺釈厄外伝記を完結させる旨を頂きました。今の私ではなかなか難しいかと思いますが、時期が来ましたらご尽力下さいませ。よろしくお願い致します。」
その日は曇天でした。しかし、私が言葉を言い終えて間もなく、私がお参りした辺りだけ陽が差しました。偶然ですが、私は白旗稲荷大明神が「うむ!」と答えてくれたような気がしました。
大きな宿題が出来ましたが、何とか完成させたいと思います。
さて、父の最後の企画した店内イベント「地蔵寺釈厄外伝記の世界」、現在開催中です。
疫病神、貧乏神の封じに長けたと言われる玉圓尼和尚の念持仏を特別開帳致しております。またこれも父のアイデアですが病気封じの掛軸も展示販売しております。
世間はようやくコロナも収まりつつあるかな?と思いますが、これをお読みの皆様に、一人でも多くの方に仏縁が繋がりますよう、気になった方は是非当店まで遊びにいらして下さいませ。

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2021-10-14
◆半俗半僧
お店の商売をしていると、極たまに宗教のチラシや小冊子を配りに来る人がいます。
布教活動ですね。
エホバの証人とか天理教とか過去にありました。宗教かどうかはよく分かりませんが倫理の方が見えたこともありました。
何度も来てもらっても悪いので、布教に来た方には「すいません、うち仏教なんで。個人的には観音様とお不動さんとお稲荷さんと弁天様を信仰してます」と言うと、大概は納得してもらえます。
うちは真宗大谷派ですが、阿弥陀如来以外にも観音様やお稲荷さんにも手を合わせています。
なるべく毎日仏壇や仏様にはお参りしておりますが、ある時、お参りしながら頭の中で疑問が湧いてきました。日々手を合わせる仏様を前にして「自分は今後、どのようにして仏と向かい合い生きていけばよいんだろうか?」と。
そんな疑問が湧いて数日後、お参りしていたら頭の中に言葉が浮かんできました。それは「半俗半僧であれ」というものでした。
普段聞かない言葉でした。そんな言葉があるのかと調べたら、同じ言葉は無かったですが順序を逆にした言葉が出てきました。
「半僧半俗(はんそうはんぞく)」です。
広辞苑によれば「僧侶でありながら俗人の生活をしている人」とありました。この言葉における俗人とは世間一般の人を差すようです。
なので半俗半僧とは俗人だけど僧侶のような生き方という意味になるでしょうか?
仏像や仏教に興味をもって随分経ちますが、今年になって師でもある父を亡くしましたので、いよいよ自分も命の順番を考えるようになりました。時間は有限。いつ死ぬか分からない。
私は商人なので、商人のすべきこと商道と、私の生きる上でも大切な仏道をなるべく重ねて生きれないかと考えるようになりました。
そこで、多分頂いた言葉が「半俗半僧」だと思います。意識して生きたいですね。

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布教活動ですね。
エホバの証人とか天理教とか過去にありました。宗教かどうかはよく分かりませんが倫理の方が見えたこともありました。
何度も来てもらっても悪いので、布教に来た方には「すいません、うち仏教なんで。個人的には観音様とお不動さんとお稲荷さんと弁天様を信仰してます」と言うと、大概は納得してもらえます。
うちは真宗大谷派ですが、阿弥陀如来以外にも観音様やお稲荷さんにも手を合わせています。
なるべく毎日仏壇や仏様にはお参りしておりますが、ある時、お参りしながら頭の中で疑問が湧いてきました。日々手を合わせる仏様を前にして「自分は今後、どのようにして仏と向かい合い生きていけばよいんだろうか?」と。
そんな疑問が湧いて数日後、お参りしていたら頭の中に言葉が浮かんできました。それは「半俗半僧であれ」というものでした。
普段聞かない言葉でした。そんな言葉があるのかと調べたら、同じ言葉は無かったですが順序を逆にした言葉が出てきました。
「半僧半俗(はんそうはんぞく)」です。
広辞苑によれば「僧侶でありながら俗人の生活をしている人」とありました。この言葉における俗人とは世間一般の人を差すようです。
なので半俗半僧とは俗人だけど僧侶のような生き方という意味になるでしょうか?
仏像や仏教に興味をもって随分経ちますが、今年になって師でもある父を亡くしましたので、いよいよ自分も命の順番を考えるようになりました。時間は有限。いつ死ぬか分からない。
私は商人なので、商人のすべきこと商道と、私の生きる上でも大切な仏道をなるべく重ねて生きれないかと考えるようになりました。
そこで、多分頂いた言葉が「半俗半僧」だと思います。意識して生きたいですね。

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2021-10-09
◆信貴山 毘沙門天王 出御開帳
名古屋駅にある名鉄百貨店10階にて信貴山 朝護孫子寺の秘仏、毘沙門天像が来ているというので、お参りに行って来ました。会場は写真撮影禁止、図録などの販売もありませんでした。入場無料、10月12日までです。(2021年)
毘沙門天像は四天王の一角で、別名多聞天とも言います。四天王から離れて単独で祀られると毘沙門天となります。
朝護孫子寺の本尊毘沙門天像は秘仏で12年に一度寅年に御開帳となりますが、前の年に出張して開帳されることがあるようで、今回は名古屋にて出開帳となっていたようです。
昔から一度は信貴山の毘沙門天はお参りしたいと願っておりましたが、たまたま新聞広告で知り今回は御縁を頂くことが出来て有難かったです。
初めてみたご本尊は、ものすごい力を感じました。そもそもですが、今まで博物館や美術館で行われる仏像の企画展は何度も足を運んだことがありましたが、このような出張開帳は初めて参加しました。

そして勉強させて頂いた訳ですが、出開帳というのは博物館などで行われる仏像展示とは似て非なるものだと理解出来ました。
博物館での展示ですと、仏像が寺を離れる場合、発遣(はっけん)とよばれる儀式を行ってから移動します。仏像の魂を抜くのです。そして会期が終わり寺に戻ると、開眼(かいがん)という儀式を行います。仏様の魂(力?)を仏像に戻します。
なので、博物館で見るのと、寺で観る仏像は同じ仏像でもどこか違うのです。寺で観る方が迫力があるのです。
魂を抜いた入れ物の展示ではなく、バリバリの毘沙門天の魂が入った仏像の出張開帳です。
わざわざ奈良県から名古屋まで毘沙門天様が来てくれたのです。しかも12年分、厨子の中で蓄えられたパワーをひっさげてきてくれた訳ですから、大変有難いことです。
また、強い毘沙門天像を間近で拝することで再確認できたのは、毘沙門天という天部は、やはり外敵から仏様をきっちり守る存在なのだと言うことですね。
本来ならこういう名古屋まで来て頂いた時こそ、困ったことがあるならお願いすれば良かったなと思いましたが、あの前に行くとその凄さに圧倒されて、お願い事は頭からすっかり無くなっていました。ただただ感謝です。
他にも数体古い仏像が展示されていたり、珍しい絵巻物もありました。掛軸もいくつか展示してありましたが、気になる点もいくつか出て参りました。これは一度、信貴山の御開帳に併せてお参りに行かねばならないですね。
詳しい説明はなかったですが、腕が4本ある「将軍毘沙門天像」という珍しい毘沙門天像がありました。顔も毘沙門天の顔と違います。
古い時代は神仏習合であり、神道だけではなく陰陽道に登場する神も習合していたこともあったようなので、この将軍毘沙門天像は陰陽道に出てくる大将軍神と習合した毘沙門天なのかもしれません。
大将軍神とは八坂神社や津島神社のかつての御祭神、牛頭天王様の御子息です。
毘沙門天は怖くはないですが、やはりきつい仏様だなと言うことが良く分かりました。そして好きになりました。毘沙門天に興味が湧いてきましたのでまた調べてみたいと思います。
名鉄百貨店で行われている出開帳。12日で終わりですので、御縁のある方はぜひお参りにお出かけ下さい。元気を頂けること確実です。
紅葉屋呉服店はこちらまで
毘沙門天像は四天王の一角で、別名多聞天とも言います。四天王から離れて単独で祀られると毘沙門天となります。
朝護孫子寺の本尊毘沙門天像は秘仏で12年に一度寅年に御開帳となりますが、前の年に出張して開帳されることがあるようで、今回は名古屋にて出開帳となっていたようです。
昔から一度は信貴山の毘沙門天はお参りしたいと願っておりましたが、たまたま新聞広告で知り今回は御縁を頂くことが出来て有難かったです。
初めてみたご本尊は、ものすごい力を感じました。そもそもですが、今まで博物館や美術館で行われる仏像の企画展は何度も足を運んだことがありましたが、このような出張開帳は初めて参加しました。

そして勉強させて頂いた訳ですが、出開帳というのは博物館などで行われる仏像展示とは似て非なるものだと理解出来ました。
博物館での展示ですと、仏像が寺を離れる場合、発遣(はっけん)とよばれる儀式を行ってから移動します。仏像の魂を抜くのです。そして会期が終わり寺に戻ると、開眼(かいがん)という儀式を行います。仏様の魂(力?)を仏像に戻します。
なので、博物館で見るのと、寺で観る仏像は同じ仏像でもどこか違うのです。寺で観る方が迫力があるのです。
魂を抜いた入れ物の展示ではなく、バリバリの毘沙門天の魂が入った仏像の出張開帳です。
わざわざ奈良県から名古屋まで毘沙門天様が来てくれたのです。しかも12年分、厨子の中で蓄えられたパワーをひっさげてきてくれた訳ですから、大変有難いことです。
また、強い毘沙門天像を間近で拝することで再確認できたのは、毘沙門天という天部は、やはり外敵から仏様をきっちり守る存在なのだと言うことですね。
本来ならこういう名古屋まで来て頂いた時こそ、困ったことがあるならお願いすれば良かったなと思いましたが、あの前に行くとその凄さに圧倒されて、お願い事は頭からすっかり無くなっていました。ただただ感謝です。
他にも数体古い仏像が展示されていたり、珍しい絵巻物もありました。掛軸もいくつか展示してありましたが、気になる点もいくつか出て参りました。これは一度、信貴山の御開帳に併せてお参りに行かねばならないですね。
詳しい説明はなかったですが、腕が4本ある「将軍毘沙門天像」という珍しい毘沙門天像がありました。顔も毘沙門天の顔と違います。
古い時代は神仏習合であり、神道だけではなく陰陽道に登場する神も習合していたこともあったようなので、この将軍毘沙門天像は陰陽道に出てくる大将軍神と習合した毘沙門天なのかもしれません。
大将軍神とは八坂神社や津島神社のかつての御祭神、牛頭天王様の御子息です。
毘沙門天は怖くはないですが、やはりきつい仏様だなと言うことが良く分かりました。そして好きになりました。毘沙門天に興味が湧いてきましたのでまた調べてみたいと思います。
名鉄百貨店で行われている出開帳。12日で終わりですので、御縁のある方はぜひお参りにお出かけ下さい。元気を頂けること確実です。
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