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2020-03-15

◆鬼のお話   第2回  日本の鬼

中国の鬼が「何らかの理由で還ってきた魂」とすると、日本の鬼の場合は少々違う。


これは大陸から渡ってきた仏教や、道教由来の陰陽道、そして日本人の昔からの考え方が複雑に混じったことが影響している。


平安時代の辞書「和名類聚鈔鈔(わみょうるいじゅしょう)」に、鬼とは「於爾(おに)」であり、「隠(おん)」のなまったもので、隠れて姿を現さないもであると説明されている。


中国での鬼という言葉と「於爾」という日本の言葉(意味)が結びついて、所謂日本の「鬼」という言葉が出来たという。


この姿は見えぬ、隠れている霊的な存在が鬼とされ、それは様々な災厄を齎すと考えられてきた。大きな自然災害や流行り病などだ。今も昔も、この二つは人間の命をある日突然奪ってしまう。


科学や医学の未発達な時代は、より鬼の存在を恐れていた。


そういう人間に災いを齎すという面がある一方、現在でも青森県では鬼は恐怖の対象ではなく、鳥居に鬼面があったりして地域に溶け込んでいる例もある。


鬼という字は「モノ」とも読まれていた。これは「物の怪」のモノだと云う。そう言えば聖徳太子や蘇我氏と戦争をした物部氏も、死者を生き返らすという物部神道なるものがあるので、物部氏の物も、「鬼」のことなのかも。
 
 
そう考えると、鬼とは単に災厄を齎す怖い存在という意味だけではなく、「神」と同じように思えてきた。鬼神という言葉もあるので、人間から見れば得たいが知れないという意味では、神も鬼も良く似た存在と言える。表裏一体と言えば良いか。


日本語の「神」とはキリスト教で言うGODではない。天地を創造した唯一つの神ではなく、人ではない、目には見えぬが人知を超えた恐るべき力を持った存在というようなことが、日本の「神」という文字には含まれていると思う。無数に存在するのだ。また、ある神職の方の書いた本には、「○○君、○○さん、○○ちゃん」という敬称の最上級のものが「神」だとあった。畏れ多い存在なのである。


鬼にはどうしても怖いイメージが付きまとうが、日本人の身近に沢山ある、ありがたい神社の神様にも優しい部分と怖い部分がある。神道ではそれを和魂とか荒魂とか言う。荒魂というのは、簡単に言えば祟り神のことだ。


超有名で比較的人間に好意的と思われる神社の神様でも、参拝する者が不敬な態度を取ったり暴言を吐いたりすれば、神様も腹を立てることがある。そんな怒りを買ってしまった状態になると、参拝者に荒ぶる神として攻撃することもあるだろう。祀ってある神様の性質によっては、怒らせたことで致命的なことになってしまうこともある。


資料を読み込んだり、寺社参拝を通じて思った事は、鬼は元人間であったということだ。昔の人達は、度を超えた恨みや怒り、悲しみを抱えたまま死ぬと、その強い執着心や念が鬼となると考えていた。


日本の昔話には鬼に関する物語も多い。そんな本を読んでいると、災厄を齎す祟る鬼の話もあれば、「元々は立派な英雄だったのに、これは鬼にされてしまったのでは?」と思えるものもある。鬼は奥が深いのだ。


次回は鬼の昔話で気になったものを拾って行きたいと思います。


鬼の図録表紙-crop
参考文献 姿と伝承 鬼   福井県歴史博物館

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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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