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2017-03-26

◆考察・「天神山町」 その5 ~屋根神様~

名古屋城、本丸御殿の真南にあった亀尾天王社。

若宮八幡宮が現在地(中区栄)に移築されたのに対して亀尾天王社は残された。

また、家康公没後は隣に東照宮を祀ったことなど踏まえてを考えると、家康公始め歴代の藩主達も、牛頭天王には特別丁重に扱っていたことが分かる。


歴代の徳川の殿様達にとっては別格扱いの神様だったのだ。


では庶民の間ではどうだったのか?

前述の郷土の歴史を纏めた本「西区の歴史」にそれに関する件があった。屋根神(やねがみ)様についてのものだ。

屋根神様②

画像の屋根神様は名古屋市西区那古野町にあるもの。円頓寺商店街の四間道と言った方が馴染みがある人も多いだろうか。

この屋根神様、名古屋市内の中でも西区はとりわけ多い。

この本が発行された昭和58年の情報だが、この時で129件確認されたとのこと。古いものだと明治時代ごろまで遡る。

屋根神様①

中の御祭神はだいたい三柱の神様で構成されている。この画像の屋根神様の場合は、津島神社・熱田神宮・秋葉山だ。

熱田は尾張の氏神様ともいえる神様。秋葉山は熱田神宮の隣にあるお寺が有名だが、これは天狗で火伏せの神様だ。

そして津島神社は牛頭天王(素戔嗚尊)である。

屋根神様の中の御祭神は家によって違いがある。中には天照大神や八幡様、大日尊などもあったが、圧倒的に多いのが牛頭天王だった。


牛頭天王は疫病を齎す祟り神である。昔の人が如何に疫病をおそれたかが分かる。その裏返しが「私はあなたを敬っています」という意思表示だった。

その祀り方は、人が歩く目線以下でななく、頭の上の高い位置へと祭ったのだ。何かの拍子に機嫌を損ねてはならないという考えからだと思う。


名古屋市西区、名古屋城下町には、牛頭天王が隅々まで根を張った状態で祀られていた。牛頭天王の町と言っても差支えないほどだ。天下をとった徳川家康や、その後の藩主達、城下町の一般大衆、皆牛頭天王を敬い祀っていたのだ。


これは愛知県には京都の八坂神社と匹敵する歴史を誇る、津島神社があることや、名古屋の中心に1100年以上前に祀られた亀尾天王社があったからだろう。


牛頭天王は、昔の名古屋に住む人たちにとって、最も身近な神様の一柱だったのだ。


続く~




◎追記

若宮八幡宮について掘り下げようと思いましたが、もう少し調べてからにします。


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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
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