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2010-11-12

虻と蜻蛉

『蜻蛉の滝(せいれいのたき)』に残る二つの伝説。一つは豊臣秀長が身投げしたというもの。

もう一つが、虻(あぶ)と蜻蛉(とんぼ)に纏わる伝説である。
それはこのようなものであった。

第二十一代、雄略天皇がこの地に※行幸の際、狩りを楽しんでいた。
一匹の獣に狙いを定め、自らが射ようとした時、突然大きな虻が現れ、
天皇の肘に喰らいついた。

すると、何処からともなく蜻蛉が現れ、その虻を咬み殺してしまった。
雄略天皇はたいそう喜び、この地は以来、蜻蛉野(あきつの)と呼ばれるようになった。



文字にすると短いものだが、この話には隠された古代史が観えるような気がする。

まず雄略天皇なる人物を調べてみた。
雄略天皇は418~479年に存在し、天皇在位期間は456~479年であった。
その気性は激しく、先代天皇の安康天皇(あんこうてんのう:401~456年)が、
次の皇位を雄略天皇の従兄にあたる市辺押磐皇子(いちのべおしはみこ)にしようと
しているのが判明するや、雄略天皇は市辺押磐皇子を射殺してしまう。

また安康天皇の最後も、皇后の連れ子の手により暗殺されている事が分かった。
いつの世も権力争いはドロドロしている

では虻と蜻蛉とは何か?

これは、虫の姿をとっているが、もみじは人間だと思う。
そして狩りをしているという話は、狩りではなく戦争だったのではないのだろうか?

そうするとおぼろげながら話が観えてくる。

獣とは虐げられた民のことであり、それを阻止せんと虻にされた豪族が戦いを挑む。
そしてその虻と戦った、あるいは裏切ったのが蜻蛉にされた人物だった。

つまり、朝廷に逆らったものは人ではなく虫に(あるいは鬼、妖怪)され、
反逆した虫を迎え撃つのも、朝廷にひれ伏した虫(一族)が当たるということなのだろう。

勝った方も負けた方も、朝廷側からは蔑視された虫なのである。

蜻蛉の滝で、実際に誰と誰が戦ったのかは分からない。
名前を調べても出てきそうもない。

ただ、あの写真から伝わる、どこか重苦しい雰囲気は、かつてこの地に
只ならぬ出来事があったことを今に伝えていると思った。



※行幸…天皇が外出すること




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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
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