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2010-10-29

蜻蛉の滝 その4

~続き

「郡山城主」を調べていて、豊臣性を名乗り気になったのが「豊臣秀保」である。
秀保は豊臣秀吉の姉の子で、秀吉の弟かつ右腕的存在の「豊臣秀長」の養子となった。

豊臣秀長は郡山城主で、死後城主を受け継いだのが養子の秀保だった。
真偽の程は定かではないが、映画「13人の刺客」のごろーちゃんが演じた殿に似ていたとの話もある。

秀保はまだ17歳という若さで変死している。
その死因も諸説あり、病を患い亡くなったと云うものや、
十津川(奈良県)遊覧中、小姓に抱きつかれ秀保もろとも高所から転落したという説まである。
もし後者が正しいとするなら、蜻蛉の滝に落ちて亡くなったという話に似ていなくもない。

蜻蛉の滝にあった説明看板には、「豊臣秀俊」なる人物は文禄年間中に身投げしたとある。
秀保が亡くなった年が文禄4年とあるので、その死に方も含めて該当者に上がったという訳だ。

秀保には子供がいなかった為、大和豊臣家はここで途絶えたと云う。

もみじは秀保が怪しいと思うが、ハッキリ断定することは出来ない。
また、小早川秀秋は慶長7年に亡くなっているし、郡山城主にもなっていないので
こちらの線は消えそうだ。

蜻蛉の滝にあった看板の説明が一部間違っているのか?
それとも全くの別人が後世に伝わると共に変化していったのか?
そうだとすると、戦国の世より遥かに古い話なのかも…。

何れにせよ、人が滝壺に落ちた、あるいは落とされて死んだという事実はあったのだろう。
当時の人々にとって衝撃的な事実があった故に、残った伝説だと思った。


続く~



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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
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