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2020-03-16

◆鬼のお話  第3回  火雷火気毒王

鬼に纏わる話を拾って行こうということで、しばし何から紹介しようかと思案しました。


歴史上には様々な鬼が登場する。一つ一つ調べると正直気軽にブログにして大丈夫かという気持ちになる。


例えアクセス数の少ない私のつたないブログでも、間違ったことを紹介すると怒られるのではと内心ビクビクしております。


最初の鬼は何にしようか?これをお読みの皆さんが知っていて、意外に自分の住んでいる近くにも祀られている、そういう存在が最初は良いのでは?と考えた所、この神様に辿り着いた。


学問の神様、天神様こと菅原道真公だ.。無論、天神様は全国から信仰を集める立派な神様だが、そうなる前は鬼神として恐れられていたことがあった。


個人的には子供の頃から縁があり、手を合わせるようになってから随分経つ。好きな神様だ。そんなこともあり、天神様についてはそれなりに理解しいるつもりだったが、改めて調べると知らなかったことも幾つか出てきた。まずはざっとだが簡単に菅原道真公について昔話っぽく紹介致します。





◎天神様 菅原道真公について


北野天満宮や太宰府天満宮、各地に残る天神社、天満宮のご祭神である菅原道真公は、幼少の頃より学業に励み、情緒豊かな和歌を詠み、格調高い漢詩を作るなど優れた才能の持ち主でした。


学者出身の政治家として卓越した手腕を発揮し、異例の出世を重ねられた道真公は、昌泰2年(899)右大臣の要職に任命され、左大臣藤原時平と並んで国家の政務を統括されます。


ところが、突如藤原氏の策謀により、昌泰4年(901)大宰権帥に左遷され、そのわずか2年後、大宰府の配所にて波乱の生涯を閉じられました。


七日七晩、天拝山に上り天の神に祭文を唱え、無実を訴えたとの言い伝えが残っています。道真公の死後、しばらくして都では異変が相次ぎました。


左大臣、藤原時平が39歳で急病に倒れ、時平の妹、隠子皇后の子、皇太子保明親王が21歳で病死しました。世人は皆、菅原公の怨霊の仕業と噂しました。朝廷も放置出来ず、道真公を本管の右大臣に復し、正二位を贈り、太宰府配流の詔書を破棄させ怨霊を慰めよう努めました。


しかし、保明親王の没後、直ちに立太子した時平の外孫、慶頼(よしより)王も延長3年(925年)、わずか5歳で亡くなり、さらに延長8年6月、清涼殿落雷という衝撃的な事件が起こりました。


この時、天皇は清涼殿の東廂(ひさし)に出座しておりましたが、御前に居合わせた大納言、藤原清貫が雷に打たれて即死したのです。この出来事を目の当たりにした天皇は病床につき、その年の9月に譲位し間もなく世を去りました。


こうして道真公は「火雷神」と呼ばれ、もっとも恐ろしい怨霊とされ、それをなだめるために各地に神社が建てられました。


その一方、学者・文人の間では早くから学問の神として崇敬されており、やがて両者が合体して天神信仰を高め、さらに学問の神としての信仰が、御霊信仰を上回って一般庶民まで広まり現代に及び、人々の生活のなかで受け継がれています。


道真公の精神は「和魂漢才」の四文字に集約されるように、自国の歴史と文化にしっかりとした誇りを持ち、他国の文化も受けいれる寛容さが特徴です。道真公が生涯一貫された「誠の心」は、今も日本人の心に生きつづけています。


また天神様の御神徳としましては、学問の向上以外に、農耕(雷神・雨)、正直・至誠、冤罪を晴らす、文学・和歌、芸能、厄除けなどもございます。





・・・という感じだ。


政権争いに巻き込まれ、無実の罪で遠方に追いやられた道真公。その恨み、怒りの凄まじさは鬼神となって祟るようになる。鬼神にならざるをえなかったその心中は、さぞ無念であっただろう。誰もが好き好んで鬼になるのではない。望まない酷い仕打ち、被害を被ることで鬼になってしまうこともあるのだ。


道真公は怨霊神という呼ばれ方もする。当初、怨霊と鬼は違うのかな?と思っていたが、鬼の意味を調べればどちらも殆ど同じに思える。明確な区別があるのかもしれないが、現状では分からない。


今回改めて調べてみて新たな発見もあった。例えば鬼神となった道真公には16万8千もの眷属(けんぞく:部下みたいなもの)がいたというものや、天神縁起の挿絵の中に、清涼殿に雷を落とす黒雲に乗った赤い鬼神があるが、この赤鬼に名前があったことなどだ。

北野天神 図録  鬼神の図


鬼となった道真公(あるいはその眷属の名前かも)は「火雷火気毒王(からいかきどくおう)」と云う。これは知らなかった。


16万8千もの眷属がいるとか、強烈な印象を与える凄い鬼の名前など、後の人が脚色したものも多いであろうが、それは裏返せばそれだけ凄まじい力を持っている、貴方様には敵いませんという畏敬の念と、荒ぶる神の凄さを称えている表現だと思う。


また、文字や絵で残すことで、後のお参りする人達へ、道真公のことを忘れないようにしたかったという思惑もあるだろう。事実、それだけの災厄を齎し、人々を震え上がらせたのだから・・・。



次回はもう少し天神様のことについて考えてみたいと思います。




参考文献 太陽スペシャル 「天神伝説」 平凡社
参考資料 北野天満宮 HP http://kitanotenmangu.or.jp/about_michizane.php


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2020-03-15

◆鬼のお話   第2回  日本の鬼

中国の鬼が「何らかの理由で還ってきた魂」とすると、日本の鬼の場合は少々違う。


これは大陸から渡ってきた仏教や、道教由来の陰陽道、そして日本人の昔からの考え方が複雑に混じったことが影響している。


平安時代の辞書「和名類聚鈔鈔(わみょうるいじゅしょう)」に、鬼とは「於爾(おに)」であり、「隠(おん)」のなまったもので、隠れて姿を現さないもであると説明されている。


中国での鬼という言葉と「於爾」という日本の言葉(意味)が結びついて、所謂日本の「鬼」という言葉が出来たという。


この姿は見えぬ、隠れている霊的な存在が鬼とされ、それは様々な災厄を齎すと考えられてきた。大きな自然災害や流行り病などだ。今も昔も、この二つは人間の命をある日突然奪ってしまう。


科学や医学の未発達な時代は、より鬼の存在を恐れていた。


そういう人間に災いを齎すという面がある一方、現在でも青森県では鬼は恐怖の対象ではなく、鳥居に鬼面があったりして地域に溶け込んでいる例もある。


鬼という字は「モノ」とも読まれていた。これは「物の怪」のモノだと云う。そう言えば聖徳太子や蘇我氏と戦争をした物部氏も、死者を生き返らすという物部神道なるものがあるので、物部氏の物も、「鬼」のことなのかも。
 
 
そう考えると、鬼とは単に災厄を齎す怖い存在という意味だけではなく、「神」と同じように思えてきた。鬼神という言葉もあるので、人間から見れば得たいが知れないという意味では、神も鬼も良く似た存在と言える。表裏一体と言えば良いか。


日本語の「神」とはキリスト教で言うGODではない。天地を創造した唯一つの神ではなく、人ではない、目には見えぬが人知を超えた恐るべき力を持った存在というようなことが、日本の「神」という文字には含まれていると思う。無数に存在するのだ。また、ある神職の方の書いた本には、「○○君、○○さん、○○ちゃん」という敬称の最上級のものが「神」だとあった。畏れ多い存在なのである。


鬼にはどうしても怖いイメージが付きまとうが、日本人の身近に沢山ある、ありがたい神社の神様にも優しい部分と怖い部分がある。神道ではそれを和魂とか荒魂とか言う。荒魂というのは、簡単に言えば祟り神のことだ。


超有名で比較的人間に好意的と思われる神社の神様でも、参拝する者が不敬な態度を取ったり暴言を吐いたりすれば、神様も腹を立てることがある。そんな怒りを買ってしまった状態になると、参拝者に荒ぶる神として攻撃することもあるだろう。祀ってある神様の性質によっては、怒らせたことで致命的なことになってしまうこともある。


資料を読み込んだり、寺社参拝を通じて思った事は、鬼は元人間であったということだ。昔の人達は、度を超えた恨みや怒り、悲しみを抱えたまま死ぬと、その強い執着心や念が鬼となると考えていた。


日本の昔話には鬼に関する物語も多い。そんな本を読んでいると、災厄を齎す祟る鬼の話もあれば、「元々は立派な英雄だったのに、これは鬼にされてしまったのでは?」と思えるものもある。鬼は奥が深いのだ。


次回は鬼の昔話で気になったものを拾って行きたいと思います。


鬼の図録表紙-crop
参考文献 姿と伝承 鬼   福井県歴史博物館

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2020-03-13

◆鬼のお話   第1回  鬼とは

鬼のルーツを辿ると中国に行き着く。

調べてみると、「鬼」の意味は中国と日本では似ているようで少し違う。

中国で「鬼」とは、なんらかの理由や方法で還ってくる死者の魂というような意味だそう。日本でも人が亡くなると鬼籍に入るということから、鬼=死者の魂と解釈してもいいかもしれない。


鬼という字を分解すると「由」と「人」と「ム」になる。この中で由という字は鬼頭を示すと言われる。鬼頭とは死者の面のことだ。

日本の寺社でもお祀りで鬼の面を被るものがある。これは鬼を仮面に憑依させるという意味がある。お祭に限らず、能でも様々な面を被るが、役になりきるということ以外に、神霊の依り代が面ということも言えるだろう。


鬼の入った漢字で「魂」という字があるが、この魂の「云」の部分は雲のことで、天に上昇した鬼のことを示している。

魂と言う言葉も、古くは二文字で魂魄(こんぱく)と言った。これも諸説あるが、魄の意味は白骨であり魂が抜けた亡骸ということ。鬼が還ってきた魂であるなら、復活するには亡骸がいる。大昔の古墳や王墓のように、遺体をそのまま埋めるのは、埋葬した方からすればいつか復活して欲しいからという願望もあったのではと思う。


そう考えると、日本の戦国時代の武将を見るに、討たれた方の墓は、首塚とか胴塚とか遺体を分けて埋める例がある。これは討った方からすれば祟って出てきてほしくないので、復活の阻止という意味もあるのかもしれない。


魄には他にもこんな意味がある。恨みを抱いたり、あまりにも心配性の人が亡くなった場合、魂は天に昇っても死ぬ間際まで残っていた強い念は地上に残る。その残った強烈な念が魄であるというもの。


中国の場合と日本の場合は、漢字の意味も違ってくるので、どちらが正しいとは言い難い。日本の漢字は先に音の意味があり、漢字が伝わってから文字を当て嵌めたことも多いからだ。


鬼という文字は中国から入ったと思うので、先に中国の鬼について調べてみたが、これが日本の鬼となると少々勝手が違ってくる。次回は日本側の鬼について考えてみます。



鬼の本-crop


参考文献  新紀元社 「鬼」




2020-02-25

◆「鬼」  

鬼という言葉を初めて聞いたのは、絵本とか昔話で聞いた桃太郎だった。鬼のイメージとしては悪者、恐ろしい人、怖い存在などあまり良い感じは受けないという人が多いように思う。


節分で豆を撒く際、鬼は外、福は内と言うように、人生のかなり早い段階で鬼という言葉を日本人は知る。


私の場合、興味が無かった時代は何となく怖い存在という、漠然としたものしか思いつかなかった。ほとんどの人にとっては特に考えたこともないというのが鬼なのかなと思う。


そんな人生の中で最初に鬼について興味をもったのが漫画だった。永井豪氏の名作「手天童子」だ。初めてこの漫画を読んだのは中学時代だったと記憶している。そう言えば私は未読だが、世間ではジャンプで連載している「鬼滅の刃」という漫画が売れているらしい。鬼が流行っているのかも・・・。


その後、父の影響もあり、人生の中でも忘れかけた頃にふと脳裏をよぎる存在が私にとっての鬼だった。


このブログも久しぶりに鬼について考える一つのきっかけとなりそうだ。だいたい今年は日本の「しきたり」についてブログという手段を利用して自分の理解を深めようとしていたが、まさかまた鬼について考えることになろうとは・・・。


しかし、日本のしきたりとは、たいていのものは目には見えぬ存在ありきで成り立っているものばかりだ。祟り神、疫病神、先祖神、神仏、そして鬼である。


私は神仏というものを信じている。目には見えぬが日本各地にある寺社にはいると思うし、そこ以外にもいると思う。


人に好意をもってくれる神もいれば、敵意を持つ神もいる。それは間違いないと確信している。


なぜそういうような考えに至ったかは話すと長くなるので省略するが、振り返れば生まれ育った家が仏を祭る家であったり、父が稲荷神と話が出来るという変わった人であったり、その稲荷神から聞いたこともないような不思議な話を沢山聞いたからということが大きい。そう稲荷もいるのだ。それに加えて不思議な経験も沢山させてもらった。


ここではとても載せれないが、実際にカメラに鬼の姿を父が写したこともあった。場所は奈良県の石上神宮、境内の中にあった池だ。もう何年も前の話である。


その都度、鬼については考える時間があったが、またこうしてブログを通して考えることになろうとは・・・。


ブログでどこまで鬼の話が進むか分からないが、今後の自分の人生を考える上で、鬼のことを知ること、もっと理解を深めることは必要かもなと思えてきた。


今回から不定期ですが「日本のしきたり」と並行して鬼についても考えてみたいと思います。



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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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